習慣といえども

少し前から、朝の動きが完全に固定化されている。いわゆる、モーニングルーティンというやつだ。

私のモーニングルーティン (平日) はざっくりこうだ。

  1. 起床
  2. 顔を洗う
  3. アイスカフェオレを作る
  4. パンを食べる
  5. 歯を磨く
  6. 着替える
  7. 外に出る (暑い)
  8. 準備運動をする (暑い)
  9. 散歩をする (暑い)
  10. 家に戻る
  11. 筋トレをする
  12. 音楽を聴く
  13. 始業 \(^o^)/

ざっくりと言うには苦しい手数だったが、それはさておき、毎朝外に出て運動するようになってから、1日を通して眠気や疲労を感じることが少なくなった。

科学的には日の光を浴びるとセロトニンがなんとかという話があるが、やはり太陽は偉大であり、凄いのだと日々感じている。(適当)

考えてみると、ルーティン・習慣という言葉は「いつもやっていること」のような意味を持つが、それらは永遠に続くことなく、どこかのタイミングで生まれ、気づけば消えてを繰り返してきた。

それは必ずしも、進学や就職のような生活が大きく変わる出来事でなくとも、体調を崩したとか、前日に飲み過ぎたとか、意外と些細なことで消えてしまうこともある。

そんなことを考えていると、今身体に染み付いているこの習慣も、案外そう長くは続かないのだろうと思った。

引越しや転職、同棲、結婚など、これまでの進学や就職に匹敵するような大イベントがあれば、いとも簡単に消えてしまうのだろう。(前述の通り、ただの飲み過ぎで消えるかもしれない)

今の習慣が消え、新しい習慣が生まれ、最後の習慣はどんな感じだろう。やっぱり、病床の上で何かしてるのかなー。

そんなことを考えながら夕暮れ時に散歩をしていたら、目の前に見える空や緑が、いつもより綺麗に見えた気がした。